金城山  雲 洞 庵
南魚沼市(旧南魚沼郡塩沢町)雲洞660

2009年、NHK大河ドラマ「天地人」の重要な舞台がここ雲洞庵。主人公、与六(のちの直江兼続)と喜平次(のちの上杉景勝)が少年期に学問を学んだところ 養老元年(717)に藤原氏ゆかりの尼寺として開かれたがその後衰退し、室町時代に上杉憲実が藤原氏末裔の縁で、曹洞宗の寺として開創


「雲洞庵の土踏んだか」 という言葉が生まれ、一度は訪れるべき越後の名刹として、広く知られることとなりました

  
パーキング側の入口                                   正面の赤門

当時の住職は、高僧として名高い北高全祝や通天存達で、 兼続の兜の前立ての「愛」という文字は、この通天存達の教えに由来すると言われている


洞庵赤門
昔は藩主とか貴人の偉い人でなければ赤門の扉は開けられなかったという

  
赤門の仁王像            永享年間に造られ江戸時代に再建された赤門

    
奉納された大わらじ

  
昔より越後の国では、「雲洞庵の土踏んだか」「関興庵の味噌なめたか」という言葉が親しまれていた
赤門から本堂へと続く敷石の参道の下には法華経の一文字一文字が刻まれた小石が埋められているとの言い伝えられ、
歩くだけで仏の功徳があるといわれる

  
苔の帯びた石に観音様が刻まれている


本堂
本尊釈迦牟尼仏、脇侍、迦葉尊者、阿難尊者、十六羅漢を安置

  
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豪壮な木組みは深い積雪にも耐えられるように造られて、県の指定文化財になっている


長生きの水


本堂





内陣  本尊は釈迦牟尼仏

  
座禅堂
新潟県出雲崎の小黒甚内を棟梁とする大工群によって建てられ、近世寺院建築の最高峰とされ、新潟県の文化財に指定されている
縄文時代より続く日本海文化建築の最終到達点のひとつに数えられ、学術的にも大変重要な建築物である

 


宝物殿
  
宝物殿内
上杉景勝公遺墨、武田信玄公書状、北高禅師「火車落としの袈裟」、戦国時代の武将の古文書など、歴史的にも貴重な品々が展示されている