犬 山 神 社
針綱神社、三光稲荷神社と同じく、犬山城の南の登城入り口近くにある

廃藩置県で犬山城は廃城となり、1891年(明治24年)の濃尾地震で天守の一部や櫓・城門などがこわれたため、 1895年(明治28年)に、城の修復を条件に旧犬山藩主成瀬正肥に無償で譲渡された。 これ以降、犬山城は2004年(平成16年)まで個人所有の城であった。 所有者を歴代城主とした場合、成瀬正雄、成瀬正勝、成瀬正俊も城主として祭神となり得るが、 最後の犬山藩藩主(成瀬家)の成瀬正肥までが祭神とされている。


成瀬正成以降の歴代犬山城城主を祀るほか、戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者を祀る

  


犬山城の西御殿があった場所


戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者を英霊の碑


元々は犬山城内で、祖先の霊を祀るものであった。
成瀬正成は1625年(寛永2年)に死去したことから、祀られたのはそれ以降とおもわれる


神社横の駐車場より三光神社、針綱神社を見る  左入口が犬山城への道
  
駐車場(犬山丸の内緑地)横より眼下に見える木曽川の流れ   対岸は各務原市