飛 騨 高 山 

飛騨高山には観光名所、スポットが多数ある 古い町並みをはじめ、陣屋、飛騨の里、屋台会館など、古きよき日本を感じることができる


国史跡 高山陣屋
高山陣屋は、全国で唯一残っている郡代、代官所として有名

  
豊富な山林資源や地下資源に目をつけた幕府は、飛騨の国を直轄領とし、政治などを行ってきた
もともと高山陣屋は、高山城主である金森氏の屋敷として使われていた
時間が足りず陣屋内の観光は次回の楽しみに・・




古い街並み

昔ながらの建物や面影を残し、古きよき日本の雰囲気を感じ取ることができる

  
休日は観光客で溢れているとのこと


古い町並み、保存地区として高山市民が一丸となり昔のままを守り続けている




高山祭屋台会館
高山祭に曳き出す国指定重要文化財の屋台を、桜山八幡宮の敷地内に開設された屋台会館に展示



  
高山祭りに活躍する、豪華絢爛な屋台と、巧妙なからくり人形の仕掛けが見られる


市内には現在23台残り、年に一度の祭礼時しか曳き出されないので、一年を通して
見て頂きたいとの思いから会館を建設した

4大ずつ交代で公開し「飛騨の匠の技と心」を見てもらっている
それぞれの屋台に、それぞれ固有の歴史があるんです。また、一位一刀彫の彫刻も見事です!

   
大八台                仙人台                    宝珠台


布袋台

大八台:高山で最初の三輪の屋台で、御所車の直径は1.56mもある。中段は平安調の御殿造りで囲いがなく簾を半ば垂らし、
この御殿で烏帽子、直衣の装束をきた童子立ちが優雅な舞台囃子の大八曲を昔は演じていた
仙人台:高山の屋台中ただ一台の屋根が唐破風で、古い台形を残している貴重な屋台である。昔「粂の仙人と美女」の操り人
形があったが、風紀上よくないと言う代官の差し止めにより、現在は祭神として仙人像が飾られている
宝珠台:創建年代不詳、文政11年大改修で、棟飾りに雌雄の大亀を載せた、この大亀は屋根を軽くするため和紙に漆をかけた
一閑張りで出来ている。この屋台の台車は、ケヤキ材の一枚板で高山の屋台の内で一番美しい
布袋台:享保年間の創建とされ、布袋の操り人形を主題にしてこの屋台が建造された。布袋和尚と唐子2体は、操り手綱36条
と9人の綱方を要する極めて複雑巧妙な、からくり人形で、離れからくり人形中日本最高のものである

  
鳩峯車の大車                 戻し車(回し車)



桜山八幡宮

仁徳天皇65年、飛騨国に二つの顔を持つ宿儺(すくな)という賊が現れ、それを討伐するために派遣された 難波根子武振熊命が戦勝祈願のために先代の応神天皇を祀ったのに始まると伝えられる。 また、聖武天皇が諸国に設けた護国八幡だという説もある。 江戸時代に金森氏が当地の領主となったとき氏神として当社を保護し、宮川以北の住民を氏子とした。 明治時代に八幡神社に改称し、大正時代に県社になる。桜山八幡宮の名は戦後からという。


秋の例祭は、春の日枝神社の例祭とともに高山祭として知られる



  
八幡大神(応神天皇)を主祭神とし、相殿に熱田大神(日本武尊命)・香椎大神(仲哀天皇・神功皇后)を祀る。




桜山八幡宮(さくらやまはちまんぐう)(正字は櫻山八幡宮)


  





手長像、足長像
街の中央、安川通りと国分寺通りをつなぐ「鍛冶橋」の欄干に設置されている
  
嘉永元年に、名工、谷口与鹿(たにぐちよろく)が、
出雲神話の登場人物・足名稚(アシナヅチ)と手名稚(テナヅチ)をモデルとして彫刻したといわれています。
足長像と手長像は夫婦なんです!。足長が父、手長が母



工芸店

見ていて楽しい

  
欲しくなる物ばかり

  
木の作品は心を癒す