瀬田の唐橋

日本三名橋の一つで近江八景「瀬田の夕照」で名高い名橋。古くは、瀬田橋・瀬田の長橋とも呼ばれてもいる。
「唐橋を制するものは天下を制す」とまでいわれるほど、京都へ通じる軍事・交通の要衝であることから幾度となく戦乱の舞台となる。

昭和54年(1979)に新しく架け替えられた現在の橋は、木造を廃して鉄筋コンクリート製になっている。 、クリーム色の欄干に旧橋の擬宝珠をつけた橋の造りは、以前の姿をとどめている。





  


『武士(もののふ)のやばせの舟は早くとも急がば廻れ瀬田の長橋』 東から京都へ上るには矢橋(やばせ)の港から大津への琵琶湖を渡る航路が最も早いとされていたが、 反面、比叡おろしの強風により船出・船着きが遅れることも少なくなかった。 瀬田まで南下すれば風の影響を受けずに唐橋を渡ることができ、日程の乱れることもないとして、 これを「急がば廻れ」と詠んだものであるという。

 




近江八景  勢多(瀬田)夕照
浮世絵師・歌川広重によって描かれた錦絵による名所絵(浮世絵風景画)