定額山 元善光寺
長野県飯田市座光寺2638

推古天皇十年に信州麻績の里(現在の飯田市座光寺)の住人、本多善光卿が難波の堀から一光三尊の御本尊様をおむかえしたのが元善光寺の起元で、 その後皇極天皇元年にその御本尊様は現在の長野市へ遷座され、できたお寺が善光卿の名をとって「善光寺」と名付けられた。 それから飯田の方の当山は勅命によって、木彫りで同じ御尊像が残され「元善光寺」と呼ばれるようになる。


古くはこの地を麻績の里と呼び、推古天皇10年(602年)にこの地の住人本多(本田)善光が、難波の堀江(現在の大阪市)で一光三尊(善光寺如来)の本尊を見つけて持ち帰り、
麻績の里の自宅の臼の上に安置したところ、臼が燦然と光を放ったことからここを「坐光寺」としたとされる

  
皇極天皇元年(642年)、勅命により本尊は芋井の里(現在の長野県長野市)へ遷座され、この寺が善光の名をとって善光寺と名付けられたことから、坐光寺は元善光寺と呼ばれるようになる



    





  
本尊は善光寺如来



     

  
元善光寺と名付けられる前は坐光寺と呼ばれており、現在も座光寺(読み同じ)として地名にその名を残す



 

 

   


長野の善光寺と飯田の元善光寺と両方にお詣りしなければ片詣りと昔から云われる