松本日光
放光寺
松本市蟻ヶ崎1283
信州屈指の厄除観音 日光泉小太郎の伝説がのこり、坂上田村麻呂が建立したとされる。武田信玄・松を芭蕉ゆかりの古利
730年(天平二年)行基菩薩が聖徳太子作の十一面観音をこの地に安置し、日光山放光寺と称す
本 堂
前立て十一面観世音菩薩
大行普賢菩薩像 文殊菩薩とならんで釈迦牟尼佛の脇寺として仏の真理、定め、行いの徳を司る
六角堂
六角堂の由来は、正六角形をした御堂のそれぞれの一辺に、十一面観音、聖観音、千手観音、馬頭観音、不空羂索観音如意輪観音の六観音を安置したことからできたもので、
迷いの世界から人々を六観音によって善の方向に教え導く御堂であると言われる。
廃仏毀釈以前からの建物だが老朽化が進み取り壊され、新しい六角堂が建立された
放光寺でも「廃佛毀釈」以前の六角堂には六体の観音様があったと推測される
母乳を赤ん坊に与え、大きな愛で人々を助けるという大変珍しい観音様。この観音様を拝むと身と心が清められます。
江戸時代に創建された旧六角堂は年月が経ち傷みがかなり激しく、平成13年に現在の六角堂に旧六角堂の趣を残し再建された