梅洞山 岩 松 院 曹洞宗
上高井郡小布施町雁田

北斎・正則・一茶 ゆかりの古寺

小布施町の東側、雁田山の麓にある古寺

  

    
   仁王門

  
  本尊は釈迦如来



  
十一面観音菩薩

  
本堂の入口                             参拝料と朱印を


高井鴻山書 「無」




葛飾北斎の鳳凰図  北斎晩年の最大の作品、本堂の天井に描かれている (画像クイックで拡大可)

  
本堂裏に福島正則公の霊廟 


福島正則公の霊廟  (安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名、賤ヶ岳の七本槍の七将の一人)


福島正則公は 元亀天正年間の戦国武将・豊臣秀吉の重臣として賤ケ岳の戦いでは「七本槍の第一」と称せられた。  また関ケ原の合戦でも勇名をはせ、広島城(49万8千石)の大大名になりましたが 幕府の謀略により元和5年(1619)秋、  この信越地方(4万5千石)に国替えさせられた。  在信5年で悲運を嘆きつつ寛永元年(1624)7月13日64歳で没した。




小林一茶ゆかりの寺    「やせ蛙負けるな一茶これにあり」

一茶と蛙合戦の池
    
蛙合戦の池

春の花見が終わる頃になると、裏庭の小さい池に大人の手のひら大のアズマヒキガエルがいずこともなく集って来る。  メスが産卵するのをオスが手伝う為ですが、メスが少ない為に奪い合いとなって合戦となる。  1年の内の約5日間、昼夜の別なく、数十匹の蛙が入れ替わりくくみ声をあげての戦いは静かな山寺の春の風情となっている。  産卵から50日すると産み落とされた卵は小豆大の子蛙に成長し、またいずこともなく消えていく。  3年から5年で卵が産めるようになり、またこの池に産卵に下りてくる。  そのため「必ずかえる」、福蛙とも呼ばれている。



  

    
太子堂

  
六地蔵