平 出 遺 跡
塩尻市宗賀平出 388-2

縄文時代から平安時代にかけて集落があった遺跡で、国指定の史跡 古代住居が復元され、塩尻市立平出博物館・平出遺跡公園ガイダンス棟が整備されている





  
訪問者の学習・休憩ができる施設で、原始・古代に関する火起し、勾玉づくり、弓矢飛ばし、土器づくり、ガラス玉づくりなど各種の体験学習ができる

古墳時代の村
  
平出遺跡で最も栄えた時代で、80軒以上の住居址や倉庫と考えられる堀立柱建物跡などが見つかっている

  
有力者の考えられる大型の住居と穀物倉を復元したもの      高床式倉庫(5号掘立柱建物



  
住居の規模は全体的に大きく、室内にはカマドが設けられている

住居内からは土師器、須恵器といった土器や、鉄製の鋤、鎌など多くの遺物が見つかっており、豊富な遺物は、平出集落繁栄の一時期を示している




 
周囲にはモモ畑、森などを整備し、6世紀の農村の様子を再現している




縄文時代の村



5000年前の縄文時代中期の村を再現している


平出遺跡の縄文時代は、早期から晩期までほぼ全期間、その痕跡をたどることができる
中でも最も栄えたのは中期(約4,500年前〜5,500年前)で、116軒の住居が見つかっている。

  
ドングリの林に囲まれた茅葺きの屋根の7軒の住居が弧状に並び、南側には信仰の対象となった立石がある広場がある


住居からは、豪華な文様で飾られた土器や石器類が多量に出土している。
また土偶や立石といった信仰に関係する遺構・遺物も多く、豊かで安定した暮らしが続けられたことがうかがえる





弥生時代 平出遺跡は、数回の発掘調査が実施されていますが、現在までのところ弥生時代に属する住居址は見つかっていない。 しかし、遺跡の中央部から西よりの地域にかけての範囲からは、弥生時代の土器が採集されている。 将来、住居址など生活の痕跡が発見される可能性がある。


平安時代の村

平安時代に入ると、住居は遺跡内全域に分布するようになり、50軒以上の住居址、建物跡が見つかっている
この時期には、土師器・須恵器のほか釉を施した灰釉陶器が加わり、緑釉陶器のような貴重品も使用されるようになる



  
片切妻の茅葺き住居   11世紀の平出の農村を再現している、住居、納屋を設け、その周辺を畑、森が取り囲んでいる


再現された納屋