王家の谷 valley of the vally
この谷は新王国時代第18王朝から第20王朝までのファラオの墓所として造られた岩窟墳墓群
古王国時代、壮厳なピラミッドに収めらめていた王のミイラや埋葬品が、たびたび盗掘に遇い、持ち去られるので
後の王はこの地に新たな墓所を造ることにしたといわれる。 石灰岩質の地盤を掘り造られた岩窟墳墓は、
通廊、落とし穴、前室、宝物室、儀式用小部屋、玄室、礼拝堂から構成されているが、
ほとんどの墓がここでも盗掘に遇っている。
王家の谷はエル=クルン山をピラミッドと見立ててその麓に墓を作ったと考えられている
王家の谷は東の谷と西の谷に分かれtいて全62の墓のうち54は東の谷にあり,
見学でモータープールから東の谷に行くには往復トロッコに乗らねばならない
ツタンカーメンの墓
1922年にイギリスの考古学者、ハワード・カーターが発見。ほとんど盗掘されていなかったため、
埋葬されたときのままに豪華な副葬品が残っていた。黄金のマスクや副葬品はカイロ博物館に、
石棺とミイラ型棺は墓の中に置かれている
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玄室に置かれたミイラのCTスキャン写真(2005.3発表)
調査の結果、噂されていた撲殺の跡と見られた頭部の外傷は、死後にできたものであることが判明。
死因は特定されず、ツタンカーメンの死の理由は謎にくるまれたまま
ツタンカーメンの墓の発見時の様子の解説
墓の中は一切写真撮影禁止
ラムセス6世 ラムセス3世
内部の通路は長く、多くの小部屋があり一番奥に王のミイラが置かれていた玄室がある
ラムセス9世
通路の壁面、部屋の壁全てに絵やヒエログリフが刻まれ見事である
どの墓も地上から階段を下りて、前室を経て長い廊下の奥に玄室がある
山の奥に向かって幾つもの墳墓が並んでいる
入口はあるがクローズされている
見学が出来る墳墓には案内が建てられている
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入口休憩所にある案内板 クローズ箇所が多い
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