菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、応神天皇、仁徳天皇を祀る。本殿は日本最古の神社建築。拝殿(国宝)は、 鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されており、鎌倉時代の優れた建物遺構で、本殿(国宝)は 平安時代後期に伐採された木材が使われ、一間社流造りの三殿からなる。
「拝殿」の前にある円錐形の盛砂「清め砂」が見える。
本殿は実際は覆屋で、その中には左殿、中殿、右殿と三つの社があり、1060年に造られたことがわかり、 神社としては日本最古のものであるということが確認された。
本殿の東側には摂社「春日神社」があります。摂社とは、本社に附属していて、祀られている祭神と縁故の深い神を祀った神社のこと 鎌倉時代に建立で、重要文化財に指定されています。一間社流造りです。 春日神社ということは、藤原氏の氏神を祀っていると思われる
拝殿の東南側に、かつて宇治七名水の一つに数えられていた「桐原水」が湧き出ている。 七名水のうち現存するのは、この桐原水のみとなってしまったとのこと このままでは飲用には適さなくなっているようです。記念だからと飲まないでください
菟道稚郎子命〔うじのわきいらつこ〕を祀る宇治神社 鎌倉時代初期建立の本殿(重要文化財)に菟道稚郎子のほぼ等身大の坐像(重要文化財)を祀る
古代より水陸交通の要こうであった宇治は、幾多の合戦の舞台となり、 なかでも寿承3(1184)年の木曾義仲と朝廷から義仲追討の任を受けた源 義経の戦いは有名である。 天下の激流を挟んだ両軍の決戦は、義経軍の名馬「するすみ」に乗った梶原影季と名馬「いげづき」に乗った佐々木高綱の先陣争いで幕を切って落とした。 先陣は策にたけた高綱がとり、義経軍が一斉に渡河して義仲軍を打ち破った。 この碑は、その故事に因んで、昭和6(1931)年に建立された。
緑豊かな自然のなかに、数多くの名勝や史跡が点在するこの公園では、歴史的景観との調和に配慮した整備がすすめられている。 また、紫式部が『源氏物語』最後の十帖の舞台にこの地を選んだことはあまりにも有名。